個人事業主の親から子への事業承継手続きのポイント
2021年の調査によると全国の後継者不在率は61.5%にも上ります。
後継者不足が深刻な中、事業を子供に引き継ぐことに、ほっとしている方も多いかもしれません。
しかし、事業承継には様々なポイントがあります。
特に個人事業主の親から子への承継には法人を引き継ぐのとは違うポイントがあるのをご存知でしょうか?
そこで今回は個人事業主の親から子への事業承継手続きのポイントを紹介します。わかりやすく説明しますので参考にしてください。
親子で事業承継をするポイント
個人事業主の親から子へ事業承継をする際、 法人の事業承継とは違う主なポイントは2つです。
- 事業を譲る親が廃業手続きをすること
- 事業を受け継ぐ子が開業手続きをすること
それぞれのポイントを説明します。
親が廃業する際の手続き
事業を譲る親は、所管税務署に「個人事業の廃業届書」を提出します。また、青色申告を行っている場合は「所得税の青色申告の取りやめ届出書」の提出が必要です。
売り上げが1000万円以上あり消費税の課税業者の場合は 「事業廃止届出書」も必要になります。
また、従業員を雇用していた場合は「給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書」の提出も必要です。
いろいろと必要な書類がありますので、計画的に準備しましょう。
子が開業する際の手続き
事業を譲り受ける子供も手続きが必要です。具体的には子供は開業手続きが必要になります。
手続きは個人事業主として新たに開業する場合とほぼ同じです。
事業開始から1か月以内に 「個人事業の開業届出書」の提出をしましょう。そのほか「所得税の青色申告承認申請書」なども必要になる場合があります。
事業承継する方法。 売却と贈与
個人事業主の親から子へ事業承継をする場合の方法は2つあります。
- 売却
- 贈与
それぞれの方法をわかりやすく説明しますので、参考にしてください。
売却
売却はどちらかというと子供などの親族ではない人に事業を承継させるときに使われる場合が多いです。
売却はその名の通り、事業資産を後継者に売却をする方法になります。
一見すると最も簡単そうな方法に見えますが、そもそも後継者に多額の資金がないと難しいですし、売却によって得た利益は所得税の対象です。
子供などの親族に事業を引き継ぐ場合、現実的な方法とはいえないかもしれません。
贈与
個人事業主の親から子へ事業を継承する場合、贈与が現実的な方法になるでしょう。
ただし、贈与は有効な手段ではありますが、様々な注意点があるのでポイントを押さえて準備 ・ 実行をしましょう。
贈与とはその名の通り、資産を無償で譲渡することです。贈与であれば売却のように後継者にお金がなくても事業承継が可能です。
ただし、1年間に110万円以上の資産を受け継いだ場合、贈与税がかかります。 贈与税の税率は以下の通りです。
<特例贈与財産用>(特例税率)(親子の贈与など)
基礎控除後の課税価格 | 200万円以下 | 400万円以下 | 600万円以下 | 1,000万円以下 | 1,500万円以下 | 3,000万円以下 | 4,500万円以下 | 4,500万円超 |
税 率 | 10% | 15% | 20% | 30% | 40% | 45% | 50% | 55% |
控除額 | ‐ | 10万円 | 30万円 | 90万円 | 190万円 | 265万円 | 415万円 | 640万円 |
いかがでしょうか?参考までに相続税の税率も載せておきます。
法定相続分に応ずる取得金額 | 税率 | 控除額 |
1,000万円以下 | 10% | - |
3,000万円以下 | 15% | 50万円 |
5,000万円以下 | 20% | 200万円 |
1億円以下 | 30% | 700万円 |
2億円以下 | 40% | 1,700万円 |
3億円以下 | 45% | 2,700万円 |
6億円以下 | 50% | 4,200万円 |
6億円超 | 55% | 7,200万円 |
このように贈与税はかなり税率が高いので事業承継を贈与で行う際は注意しましょう。
贈与は正の財産から負債などの負の財産を引いた正味の財産に対して贈与税がかかります。
負の財産が多い場合は贈与税を支払う必要はありませんが、一般的に事業承継を受ける際は正の財産が多くなるはずなので、しっかり準備をして計画的に贈与を行うようにしましょう。
なぜ計画的な贈与が必要かというと、毎年110万円までの贈与は非課税だからです。
もし分割して贈与できれば長期間かければ贈与税の節税につながります。
ただし、贈与をする人(今回のケースの場合、親) に万が一のことがあるとその時点から7年さかのぼって贈与を受けた分については相続税の対象に組み入れられますので注意しましょう。
また、毎年贈与を行う暦年贈与以外に相続時精算課税制度という仕組みがあります。
相続時精算課税制度とは1度に2500万円まで正味の資産を贈与できる方法です。
課税されるのは贈与した人(今回のケースの場合、 親)に万が一のことがあった段階で相続税が課税されます。
課税される金額は贈与をした時の価格になるので上昇が期待される資産の場合、大きなメリットになるでしょう。
ただし、暦年贈与と相続時精算課税制度の併用はできませんので注意してください。
個人事業主の親から子への事業承継のポイント
基本的には子どもも個人事業主として引き継ぐ
個人事業主から子どもへの事業承継の基本的な形態は、子どもも個人事業主として事業を引き継ぐことです。この場合、以下のようなメリットがあります。
- 手続きが比較的簡単で、コストがかからない
- 事業の継続性が維持されやすい
- 親子間の信頼関係を活かした承継が可能
ただし、個人事業主として事業を引き継ぐ場合、子どもは親の債務を引き継ぐことになります。債務の規模によっては、子どもの経済的な負担が大きくなる可能性があるため、注意が必要です。
また、子どもが個人事業主として事業を引き継ぐ場合、事業用資産の贈与税や相続税の問題が生じる可能性があります。税制上の優遇措置を活用することで、税負担を軽減することができますが、専門家のアドバイスを受けることをおすすめします。
親子とも青色申告をしている必要がある
個人事業主から子どもへの事業承継を行う際には、親子ともに青色申告をしている必要があります。青色申告を行うことで、以下のようなメリットがあります。
- 税制上の優遇措置を受けられる
- 事業の実態を正確に把握できる
- 事業承継時の手続きがスムーズに行える
親が白色申告をしている場合は、事業承継の前に青色申告に切り替える必要があります。また、子どもが新たに事業を始める場合は、事業開始と同時に青色申告を選択することをおすすめします。
ただし、青色申告を行うためには、一定の要件を満たす必要があります。具体的には、以下のような要件が挙げられます。
- 複式簿記による記帳を行うこと
- 貸借対照表と損益計算書を作成すること
- 青色申告承認申請書を提出すること
青色申告を行うためには、一定の事務負担が生じますが、税理士などの専門家に依頼することで、効率的に申告業務を行うことができます。
今後の承継の場合、子供は実務要件などを満たす必要がある
2024年4月1日以降に行われる個人事業主から子どもへの事業承継では、子どもが一定の実務要件を満たす必要があります。この要件は、事業承継税制の適用を受けるための要件として設けられています。
具体的な実務要件は以下の通りです。
- 承継開始の日の3年前から引き続き、対象事業に従事していること
- 承継開始の日から5年間、対象事業に従事し、事業を継続すること
- 承継開始の日から5年間、対象事業の代表者であること
これらの要件を満たさない場合、事業承継税制の適用を受けることができず、贈与税や相続税の負担が生じる可能性があります。
また、子どもが事業を承継するためには、親から事業に関する知識やノウハウを学ぶ必要があります。親子間で十分なコミュニケーションを取り、計画的に事業承継の準備を進めることが重要です。
事業承継の準備には時間がかかるため、早めに取り組むことをおすすめします。親子間で事業の将来像を共有し、子どもが必要な実務経験を積むことができるよう、計画的に進めましょう。
親子間の事業承継でもらえる補助金額と補助率
個人事業主から子どもへの事業承継を行う際、国や自治体から補助金を受けることができます。
補助金を活用することで、事業承継にかかる資金負担を軽減することができます。
具体的な補助金の例と補助率は以下の通りです。
- 事業承継・引継ぎ補助金(経済産業省)
- 補助上限額:150万円〜600万円
- 補助率:1/2〜2/3
- 対象経費:専門家への相談費用、設備投資費用など
- 小規模事業者持続化補助金(商工会・商工会議所)
- 補助上限額:50万円〜100万円
- 補助率:2/3
- 対象経費:販路開拓費用、設備投資費用など
- 事業承継等取組支援補助金(東京都)
- 補助上限額:50万円〜100万円
- 補助率:1/2〜2/3
- 対象経費:専門家への相談費用、設備投資費用など
補助金の申請には、一定の要件を満たす必要があります。また、補助金の種類によって、対象となる経費や補助率が異なります。
補助金を活用する際は、申請期限や必要書類などを確認し、計画的に申請を行うことが重要です。また、補助金の交付決定前に発注・契約・支払いを行った経費は、補助対象とならない場合があるため、注意が必要です。
補助金の活用は、事業承継の資金負担を軽減するための有効な手段の一つです。ただし、補助金だけでは事業承継に必要な資金を全て賄うことは難しいため、自己資金の準備や金融機関からの借入れなど、様々な資金調達方法を検討することが重要です。
事業承継は、個人事業主にとって重要な経営課題の一つです。親子間の信頼関係を基盤に、計画的に事業承継を進めることが求められます。また、事業承継税制や補助金など、各種の支援制度を有効に活用することで、スムーズな事業承継を実現することができるでしょう。
親子間で事業承継・引継ぎ補助金を使う際の対象経費
事業承継・引継ぎ補助金は、個人事業主から子どもへの事業承継を支援するための補助金です。この補助金を活用する際には、一定の対象経費が定められています。
事業承継・引継ぎ補助金の主な対象経費は以下の通りです。
- 専門家への相談費用
- 弁護士、税理士、中小企業診断士などへの相談費用
- 事業承継計画の策定、各種契約書の作成、税務・法務に関する助言などに係る費用
- 設備投資費用
- 事業承継に必要な設備の購入・改修に係る費用
- 例:店舗の改装、機械設備の購入、車両の買替えなど
- 広告宣伝費用
- 事業承継に伴う広告宣伝に係る費用
- 例:チラシの作成・配布、ホームページの改修、看板の作成など
- 人件費
- 事業承継に伴い新たに雇用する従業員の人件費
- 承継者(子ども)の人件費は対象外
- 在庫の引継ぎ費用
- 事業承継に伴う在庫の引継ぎに係る費用
- 例:在庫の評価、在庫の移動・運搬に係る費用
ただし、以下のような経費は補助対象外となります。
- 事業承継に直接関係のない経費
- 他の補助金等の交付を受けている経費
- 補助事業期間外に発生した経費
- 個人の資産となるものの購入・修理に係る経費
- 販売目的の在庫の仕入れに係る経費
事業承継・引継ぎ補助金を活用する際は、対象経費を明確に区分し、適切に管理することが重要です。
また、補助金の交付決定前に発注・契約・支払いを行った経費は、原則として補助対象となりません。
補助金の申請には、事業承継計画の策定や各種書類の準備など、一定の手間がかかります。専門家の助言を受けながら、計画的に申請を進めることをおすすめします。
親子間の事業承継に活用できる制度
個人事業主から子どもへの事業承継を行う際には、様々な支援制度を活用することができます。主な制度は以下の通りです。
- 事業承継税制
- 事業用資産の贈与税・相続税の納税猶予・免除制度
- 一定の要件を満たす場合、事業用資産の贈与税・相続税の納税が猶予され、その後の要件を満たせば免除される
- 事業承継時の税負担を大幅に軽減することができる
- 経営承継円滑化法による支援
- 事業承継に関する金融支援、専門家派遣、税務支援などを受けられる
- 親族内承継や従業員承継など、様々な形態の事業承継を支援
- 事業承継計画の策定から実行までを一貫して支援
- 小規模企業共済制度
- 個人事業主が掛金を積み立て、事業廃止時等に共済金を受け取る制度
- 事業承継時の資金準備に活用できる
- 掛金は全額所得控除の対象となり、税制上のメリットがある
- 家族信託
- 親が子どもに事業用資産を信託し、子どもが事業を承継する仕組み
- 信託期間中は親が事業の運営に関与でき、子どもへのスムーズな事業承継が可能
- 信託財産は親の相続財産に含まれないため、相続税の負担を軽減できる
親から子へ贈与した場合の贈与税について
中小企業の事業承継の贈与は一定要件を満たすと贈与税がかかりませんが、個人事業主の親から子への事業承継の場合は基本贈与税がかかります。
ただし個人版事業承継税制による納税猶予は、「一定要件を満たすと、 最終的にその事業財産の贈与税や相続税が免除される」 という制度があ
ったり、やり方によっては贈与税がかからない方法もあります。
しかし、親から子へ名義変更をしただけでも贈与となるなどの注意点も多いです。
親から子へ名義変更しただけで贈与となる
親から子へ名義変更しただけでも贈与になります。
正の財産から負の財産を引いて年間110万円以上贈与を受ける場合は注意しましょう。
ただし、贈与を受けなくても不自由なく土地や建物の利用ができる使用貸借という方法があります。使用貸借を使えば贈与税は発生しません。
贈与税が発生しないケース
土地や建物なども事業用資産になるのですが、名義変更せずに親から借りて使用する「使用貸借」 も検討しましょう。
使用貸借とは、親が事業用不動産を所有したままで子が無償で借り使用し、後に事業用不動産を親に返還する契約です。
この方法であれば贈与税は非課税になります。
不動産の承継手順
不動産が高額な場合、贈与や売却での承継はおすすめできません。
なぜなら贈与の場合、 贈与税が高額になりますし、売却の場合も高額な所得税がかかるからです。
不動産が高額の場合におすすめなのが使用貸借です。
先ほども説明しましたが、使用貸借であれば事業を引き継ぐ子供は無償で不動産の利用ができます。
使用貸借の場合、貸主の一存で契約を打ち切ることもできますが、親が相手なので心配ないでしょう。
親子で使用貸借をする場合、口頭での約束が多いようですが、将来的なトラブルを避けるためにもしっかりと契約書を作っておくのがおすすめです。
まとめ
今回は個人事業主の親から子供に事業承継する場合のポイントを紹介しました。 主なポイントは以下の通りです。
- 親の廃業手続き・子の開業手続きが必要
- 事業承継の方法は贈与がおすすめ
- 贈与は暦年贈与と相続時精算課税制度の2つのやり方がある
- 不動産など高額の贈与は使用貸借を検討すべき
法人の事業承継にはない様々なポイントがあります。
周到に準備をしないと思わぬ税金がかかってしまう可能性があるのをご理解いただけたでしょうか?